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鹿児島地方裁判所 昭和59年(わ)30号 判決

主文

被告人楠元松雄、同馬渡久男をそれぞれ懲役一年一〇月に、被告人西田成人を徴役一年に処する。

被告人らに対し、未決勾留日数中各八〇日を、それぞれその刑に算入する。

訴訟費用は被告人らの連帯負担とする。

理由

(本件犯行に至る経緯)

被告人馬渡は暴力団小桜一家平岡組幹部であり、被告人楠元、同西田は同一家南組組員であるところ、平岡組と南組は鹿児島市最大の繁華街天文館のゲーム賭博を縄張りとし、ルーレット店等からの守り料を有力な資金源としていた。

下村昌弘は水道工事業を営んでいるもので、かねてより天文館の賭場に出入りし、ゲーム賭博に凝つていたが、昭和五八年八月ころから、ルーレット店の行なういかさまを見抜き、店の経営者らに負けた金の返還、口止料等を要求し、自分の負けた分ばかりでなく、他の賭客仲間の負けた分についても口を出すようになり、その都度経営者らから数十万円単位の現金をやすやすと手に入れて得意がつていた。同年一〇月二六日、下村は賭客仲間に二二万円を貸してハイカラビル一階のルーレット店「ミッキーマウス」で賭けさせたが、短時間で全額負けてしまつたため、同店がいかさまをしたにちがいないと憤激し、バールを持つて同店に押し掛け、ルーレット台のレイアウトをバールで叩いて同店経営者に負けた金を強引に返還させ、更に他のルーレット店にも入店を断わられたとしてバールを持つて押し掛け、店長から一五万円巻き上げるなどの行動に出た。

ここに至つて、平岡組と南組は下村の右行動を強盗まがいの賭場荒しであるばかりか、組ひいては小桜一家に対する挑戦であると受け止め、そのころ、被告人馬渡が両方の組員全員を呼び集め、下村を生捕るよう指示し、組をあげて下村を捜し始めたが、捕えることができなかつた。

下村は、同年一〇月三一日と同年一一月二日の二回にわたり、被告人馬渡から殺しの脅迫電話を受け、痛く恐れをなして子供に学校を休ませ、自分も家にこもるなどして行動を慎んでいたが、その後脅しが絶えたことに気を許し、再び天文館のルーレット店に顔を出すようになつた。そして、同年一一月二五日、ハイカラビル付近を歩いていた際、同ビルの隣にある喫茶店「トレビアン」で賭客仲間の西村俊昭及び神川安二とルーレット店「ラストテン」の店長塩田洋平が話をしているのを認め、その中に入り、西村らが同店のいかさま賭博により合計一七万円の損をしたと聞くや、塩田に口止料を含めて七〇万円でけりをつけるよう要求し、その場で七〇万円を西村に払わせ、西村から謝礼として三二万円を受け取る一方、塩田にも話をつけてやつたと称して謝礼を要求したが、経営者が不在であることを理由に拒否された。

そこで、下村は、同店の経営者清水和彦に直接謝礼を要求するため、翌二六日午後一一時ころ、天文館に出掛け、前記「トレビアン」に清水がいるのを見付け、同人を同店から呼び出したうえ、近くの喫茶店「MU」で同人に謝礼を要求したが、同人はこれを拒絶した。しかし、下村が執拗に要求を続けたため、清水はこれまでの経緯からしても守り料を納めている南組組員脇田清に話をつけてもらうほかはないと決意し、「上の者と相談すれば金が出ますから、少し持つていてください」などと下村を欺き、同喫茶店の前に下村を待たせてハイカラビル三階の「ラストテン」に引き返し、直ちに脇田に電話を入れた。清水から下村が喫茶店「MU」の前にいるとの通報を受けた脇田は、被告人馬渡ら組員をボケットベルで呼び出し、現場に急行するよう次々に指令を発した。

他方、下村は、同喫茶店の前で清水が謝礼金を持つてくるものと思つて一〇分ほど待つていたが、清水の連絡で平岡組組員らがやつてくるのを警戒し、やや動いてハイカラビルの角を曲がつたところ、駆け付けてきた被告人馬渡とばつたり出くわした。被告人馬渡は下村をハイカラビル三階に連行し、「ラストテン」入口近くで既に待ち受けていた弟分の池山朝生とともに店内に入り、「今日は生きて帰られんぞ。もう俺の手を離れて楠元の手に移つているからな」などと脅し、被告人楠元らの到着を待つた。そして、翌二七日午前零時二〇分ころ、被告人楠元、同西田があいついで同店に到着し、被告人馬渡ら四人で下村を取り囲んだ後、店内にいた客二人を帰らせて二重ドアに施錠をした。

(罪となるべき事実)

被告人らは、池山朝生と共謀のうえ、被告人馬渡においては常習として、昭和五八年一一月二七日午前零時二〇分ころから同日午前二時三〇分ころまでの間、鹿児島市千日町八番五号ハイカラビル三階ルーレット店「ラストテン」内において、下村昌弘(当時三八歳)に対し、被告人楠元がガラス製灰皿及び鉄製丸型椅子で数回にわたり右下村の頭部及び顔面等を殴打し、被告人らがその場から逃げ出そうとした下村の肩、腰などをつかんで床に引き倒し、その腹部、下腿部を足蹴にし、被告人馬渡が下村を正座させ、同人に「おい、お前は今日は覚悟せえよ。絶対生きて帰さんからな。お前の命は今日ここでとつてやる」などと申し向けてその肩付近を足で踏み付け、被告人楠元が下村に「おいが十四、五年位入つてくれば済むことじや」などと申し向けてその胸部等を足蹴にし、被告人西田が下村の腹部を足蹴にする暴行を加えた後、被告人馬渡が下村に「よし下村、今日だけは命を助けてやる。そのかわり指を詰めろ、歯でかんで詰めろ」、「指を詰めんかつたら、殺すぞ」などと申し向け、前記暴行、脅迫により抗拒不能の状態に陥つている同人をしてその右第五指をかみ切らせ、よつて、同人に加療約四か月間を要する左前腕骨折、頭部切創、左右眼瞼切創、右第五指切断、左第五指及び手切創、両上肢及び胸部打撲症の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

一  該当法条

(一)  被告人楠元、同西田の各所為につき

刑法六〇条、二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号(所定刑中懲役刑を選択する)

(二)  被告人馬渡の所為につき

刑法六〇条、暴力行為等処罰ニ関スル法律一条の三前段(刑法二〇四条)

一  累犯の加重

刑法五六条一項、五七条(被告人楠元、同馬渡には前記の前科があるので、被告人楠元については更に同法五九条を適用のうえ三犯の加重をし、被告人馬渡については再犯の加重をする)

一  未決勾留日数の算入 刑法二一条

一  訴訟費用の負担 刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人の主張は、要するに、下村が自己の右第五指を歯でかみ切つたのは自傷行為であつて、この点につき被告人らに傷害の間接正犯は成立しない、というのである。

そこで、検討するに、自分で自分の指をかみ切ることはそれ自体極めて異常であるというべきところ、下村の証人尋問調書謄本及び同人の当公判廷における供述によると、下村は、被告人馬渡に命令されて指をかみ切るときの心理について、次のとおり供述している。つまり、「当時自分は肉体的にも精神的にも力尽き、あと一、二回被告人楠元から鉄製の丸型椅子で頭をねらわれたら死ぬかもしれないという状況にあり、被告人馬渡の命令を拒否しようものなら確実に殺されると思つた。指一本で命が助かるならば被告人馬渡の命令は絶対的なものであつた」旨の供述をしているところ、右供述は、下村が被告人らから受けたリンチの状況に照らし、自然であり、誇張があるとは認められない。

そのリンチの状況は、前掲関係証拠によれば、以下のとおりであつたことが認められる。すなわち、(1)被告人らは「ラストテン」店内で応接ソファーに座つて下村を取り囲み同人と賭場荒しについて問答を重ね、下村はあれやこれやと弁解していたが、そのうち被告人楠元がいきなり「わや、なんちよ」と叫びながら、テーブルの上のガラス製灰皿をつかんで下村の頭を三回続け様殴り付け、灰皿が床に落ちて割れるや、別のガラス製灰皿で今度は顔面を左右交互にびんたを食わすように殴つたうえ、近くにあつた鉄製の丸型椅子を両手で頭上に持ち上げて何回となく頭をめがけて殴り掛り、このため殴られまいと頭をかばつていた下村の左腕が骨折し、「あ痛たた、手が折れた」と悲痛な声を上げたのを聞いて被告人楠元もやつと殴るのを止めたが、下村の左腕は動かなくなつたこと、(2)そして、下村の頭や顔から流れ落ちる血がひどく、ソァァーも床も血の海のようになり、見兼ねた共犯者の池山が下村に何枚ものおしぼりを貸し、自らも床の血を拭くなどしたが、被告人馬渡は「お前は出血多量で死ぬのや」と下村を口汚くののしり、被告人西田も「そのまま死んでしまうのよ」とうそぶいたりしたこと、(3)その後、被告人楠元は「そげな太つか体がこの位で死なせんが」とば声を浴びせるや、前記椅子を頭上に振りかぶるようにして下村の頭をめがけて連続的に殴り掛り、下村は骨折した左腕を右手でかばつたままの状態でこれを心死に防いでいたが、被告人楠元の方で息せき切つてしまつて止めたこと、(4)それから一五分か二〇分経過すると、被告人楠元がまたも前記椅子で下村の頭をねらつて殴り掛り、下村は右に左に動くなどあらゆる方法で抵抗を続けたが、次第に気が遠くなり、床の上に前のめりになつてうずくまつてしまつたこと、(5)下村は堪えかねて被告人馬渡に「私が悪うございました。勘弁してください」と何度も謝つたが、被告人馬渡は「だめだ。お前もこうなることは覚悟のうえでやつたことじや。お前は今日は生きて帰さん」などと脅していつこうに取り合わなかつたこと、(6)下村は血を流してソファーにうずくまるように座つていたが、被告人楠元がなおも前記椅子で殴り掛ろうとするのを見て、被告人馬渡が本気で自分を殺すことを考えているのだと思い、店外へ逃げ出そうと決意し、ふらふらしながらやつとのことで出入ロドアのところまで駆け寄つたが、そこには池山がいて立ちはだかり、「あつちに座つとかんか」と語気鋭く申し向けながら肩や腰をつかんで押し戻し、背後から被告人ら三名が下村をつかまえて床に引き倒し、こもごも腹部や下腿部を足蹴にした後、四人がかりで下村をソファーに連れ戻して座らせたうえ、被告人馬渡が被告人楠元と何やらひそひそと話をし、下村の隣に座つて「とにかく今日は殺すからな」と言うや否や、被告人楠元が前記椅子を振り上げ、立ち上がつて両手で防戦する下村の頭部等をめがけて殴り続け、息切れしてやつと止めたこと、(7)そうするうち、南組舎弟頭元山一郎が同店に到着し、店内に入るなり、下村に対し「こら下村、なめとるんか。貴様」と怒号し、近くのテーブルの上にあつたジュースの空缶やコーラの空びんをその身体めがけて次々と投げ付けたが、他の組員の制止があつて後は無気味に被告人楠元らのリンチを傍観していたこと、(8)元山の右暴行が終つて間もなく、被告人楠元がまたしても前記椅子を振り上げ、「こら、お前は」と怒鳴りながら殴り掛つたため、下村はよろけながら店内奥の壁際へ逃げたが、被告人楠元に背後から前記椅子を投げ付けられ、その場に倒れてしまつたところ、そこへ被告人馬渡が寄つて来て、「正座せんか」と大声で叱り付け、これに従つた下村の右肩辺りを靴で踏み付けたうえ、「おい、お前は今日は覚悟せえよ。絶対生きて帰さんからな。お前の命は今日ここでとつてやる」とどすを利かすと、これに呼応するかのごとく、被告人楠元が「おいが十四、五年位入つてくれば済むことじや」と怒声を張り上げるなり、顔や胸を蹴り上げ、被告人西田もその場に来て腹を足蹴にしたこと、(9)引き続き、下村は被告人馬渡に「こつちへ来て座れ」と強いられてソファーに座つた後、喉の乾きに堪えかね、被告人馬渡に「ジュースを飲ませてくれませんか」と言つて、目の前にあるテーブルの上の缶ジュースを手に取つて飲もうとしたが力なく、共犯者の池山の介添えでどうにか飲み始めたところ、被告人馬渡が「それがお前の最期の死に水や」と申し向け、被告人西田らもこれに調子を合わせて「死に水や」、「死に水や」とやゆしたこと、(10)下村はジュースを飲んだ後、被告人馬渡に「許してください。こらえてください」としきりに哀願したが、被告人馬渡の返事は「絶対に殺す。生きて帰さん」の一点張りで、被告人楠元も攻撃の手をゆるめようとはせず、一リットル入りのコーラの空びんで下村の頭頂部を殴り付けたりしたこと、(11)こうしているところに、南組組員脇田清が店内に入つてきたが、下村が血だらけになりうずくまるように座つているのを見て、リンチが加えられたことを察し、被告人楠元が前記椅子で下村の頭部を殴り付けるや、これを制止したこと、(12)そして、下村が店内奥の隅に逃がれ息も絶え絶えに床にうずくまつていた際、被告人馬渡が「よし下村、今日だけは命を助けてやる。そのかわり指を詰めろ、歯でかんで詰めろ」、「指を詰めんかつたら、殺すぞ」などと命じたこと、(13)止むなく下村は、被告人ら環視の中で、右手の小指を口の中に入れ、前歯で血を垂らしながらかみ始めたが、力が入らず肩で息をしてあえぎあえぎかみ、一〇分程してやつと歯が骨に当たるようになつたものの、未だかみ切れずにいたところ、被告人馬渡が「そんなかみ方で指がかみ切れるか。もつと力を入れんか」と怒鳴つたため、息を大きく吸い込みながら糸切歯でかみ続け、骨がぐしやぐしやしてきたところで一気に力を入れてかみ切つたこと、などが認められる。

しかして、右認定の事実によると、被告人馬渡は下村を終始「今日は殺す」などと脅迫し、特に被告人楠元をして下村に対し執拗かつ強力なリンチを二時聞以上にもわたつて行なわせているものであつて、こうした徹底したリンチによつて下村が当時肉体的にも精神的にも死という極限に近い状況に追い詰められていたことは十分に推認することができるし、そのような状況下で下村が被告人馬渡の命令に従つて自己の右第五指を歯でかみ切つたのは、指一本をかみ切ればそれと引き替えに命が助かるという絶対的命題のもとに、自己の自由意思の存立を失い、その限りで自己を被告人馬渡の道具と化したからにほかならず、反面、被告人馬渡の側からしてみれば、自己の脅迫等により生か死かの選択を迫られ抗拒不能の状態に陥つている下村を利用してその指をかみ切らせたと認めるのが相当である。そのことは、共犯者池山が捜査官に対する供述調書の中で、下村は被告人馬渡に正座をさせられたころから哀願の様子などをみても心底からおびえこのままでは生きて帰れないのではないかと思い込んでいる有様が我我にもはつきりと読み取れたが、刃物ならともかく自分で自分の指をかみ切るというのは我我極道であつてさえもなかなかできることではなく、まして素人で散々痛め付けられてかなり弱つていることがその場の誰の目からみても明らかな下村が自分の力で自分の指をかみ切ることは到底できないだろうと考えていたのに、下村は被告人馬渡の命令どおり指をかみ切るに至つたと供述し、その言外に驚きの念を込めている点からみても、首肯できると思う。

以上の次第で、下村が自己の右第五指を歯でかみ切つた点につき被告人らに傷害の間接正犯の成立を認めるべきであるから、弁護人の主張は採用することができない。

よつて、主文のとおり判決する。

(鈴木正義)

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